ピアノの巨人 豊増昇

今日は非常にマニアックな話です

私の叔母(母の妹)は豊増先生の弟子です♪
私は叔母の弟子です♪
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著者は小沢征爾先生ご兄弟
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小澤先生の横は豊増先生の奥様です。後ろの女性お2人はお嬢様です。

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叔母も同時期にレッスンを受けていて、同門ってことですね。
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先日叔母の家で音合わせした時に借りて帰りました
随分前に他界されていますが、弟子たちは色んなものを受け継ぎ、
先生の音楽が今でも生きているって素晴らしいことだと私は思いました

豊増先生のことを綴った一冊の本。
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レッスンは非常に心のこもったものだったと叔母は懐かしそうに言ってました
普段は京都の大学でレッスンですが、時には東京のご自宅でホームレッスンもあり、
夜は奥様が同伴されてコンサートに行った話。手料理でのおもてなしの話。
叔母にはたくさんの思い出があって羨ましいと思います。

そんな一つ一つが隠し味となってピアノから醸し出されるんだと思うと、
伴奏してもらえることの幸せを痛感します

音楽科を出た人は私を入れて親戚に6名います。
全員現役です
叔母がトップバッターでピアニスト4名。チェリスト1名。声楽1名。
専攻は多少違えど全員同じ大学

今回の叔母はバッハのピアノ協奏曲d‐mollを演奏したと、この本に載っています。
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豊増先生はバッハがお好き。
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日本でバッハ協会会員は当時、先生だけ。コンクールの審査員もされていました。

中田喜直先生(夏の思い出、雪の降る街を等の作曲家)の授業を私は受けましたが、
いつもニコニコしてお優しい言葉で我々の歌う先生の曲を
「うんうん」とうなずきながら聴いておられました

先生のことも。
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先生はお手が少し小さい。やや小ぶりのピアノを注文なさり、そのピアノで作曲されていたことも
綴られています。
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小澤先生のことも。
下の写真の欄↓凄く面白かったです
小澤先生、お金なくてレッスンの謝礼を踏み倒しておられます
ラグビーで両手を負傷した結果、指揮者となられますが、
きっかけが豊増先生のお言葉
それも書かれています。
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一気に読んでしまいましたが、来週月曜日は合唱指導と個人レッスン指導のあと
叔母の家に行って、ちょいと歌って来たいと思います
叔母とはピタ!っと合います。
「DNAね」と叔母は言うのですが、叔母からピアノをずっと習ってましたし、
ピアノ科に行くべくレッスン受けてましたから匂いが判ります
偉大な音楽に導かれつつ

叔母んちの手乗りのハッピーちゃん
私が行くと「出して!」って言うんですよ。遊びたいんでしょうね
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☆今週もお付き合いありがとうございました

 週明け月曜日のお題は「早朝引き出し整理!」です。

 そのほか「」緑のタイツ!お前もか!」「後ろのオバサン押さないでください!」
 等々取り揃えて皆様のご来店、お待ち申し上げます

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